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2006年3月18日(土) 夢の話で恐縮です
目が覚めた私は30分の間、恐怖で動くことができなかった。
恐る恐る手を動かして頭をそっとなでると、心から安心した。

頭髪が薄くなった夢を見たのだ。

自分はこれまで、毛髪の悩みとは無縁であった。夢に見たこともなかった。そして、夢から覚めた現在もまた、無縁のままであった。心から神様に感謝したいと思う。

中学生の頃住んでいた佐世保の家に、自分はまだ住んでいるようだ。かわいい恋人が居て、幸せだった。来週はまた、お弁当を持って動植物園に出かける約束をしていた。東京から10年ぶりの友人が帰郷してきていて、彼と談笑していた。それぞれの仕事の悩みをうち明け、解決策を見いだし、有意義な時間が流れていた時である。彼は、私の頭髪が薄くなっている事を指摘した。お互い歳をとったなどと言い出した。それは何かの間違いだ。私たちはまだ20代後半だ。私は冗談だと思い笑ったが、彼は真剣であった。

やがて私が真剣になって気にしだすと、逆に彼は取り繕うように笑い、冗談であったと訂正して、まだ早い時間なのに帰ると言い出した。私は一時的に頭髪の件は忘れて彼を玄関まで見送った。玄関には鏡があった。友人が靴を履いている時、私は恐ろしいものを見た。自分の頭皮が、髪の間から透けて見えていた。森の中の空き地のように、頭頂部の髪の毛がまばらであった。髪が薄いなどという表現は生やさしい。禿げている。毛はあるにはあるが、無い方がまだ良い程の寂しさである。私はびっくりして友人に問いただした。いつからこうなっていたのか! 友人は再会した当初からだと告げると、お互いもう歳だと繰り返し言いつつ、足早に立ち去った。

私はもう一度鏡を見てみた。やはり髪は薄かった。しかし、昨日までは確かに違ったハズだ。フサフサだったはずだ。そう考えながら頭に手をやると、たいして触れてもいないのに、ひとつかみの髪の毛がさらりと抜け落ちた。私は叫び声を上げて混乱した。来週には彼女と動物園に行く予定だ。それまでにこの頭を復活させる手だては何かあるのか? 病院に行った方が良いのか、いや、禿頭は病気では無いのだ、なにか、病気が原因でこうなってしまったのか、しかし、体は健康に思えるし、よく考えると、毛髪が細くなったのを気にした事があるような記憶がある、先週髪を洗っていると、いつもより多く髪が抜けていた気もする、考えれば考える程、私が徐々にこのような禿頭になっていった記憶がよみがえってくる。

私は大いに焦った。母のカツラのありかを探したり、頭をマジックインキで黒く塗る方法まで考えた。

彼女から電話があった。私は、親戚の葬式が重なり、動植物園に行くことはどうしてもできなくなった、と言った。葬式は北海道であり、ついでに農場で働いてくるので、帰りが遅くなるかもしれないと付け加えた。これまでバカにしていたカツラや育毛剤、育毛法のテレビコマーシャルの事を考えた。どうする、どうする、と頭の中で繰り返すだけで、具体的な計画も方針も何も思い浮かばなかった。私は考えるときの癖で、後ろ髪を触っていた。気が付くと、肩に大量の毛髪が抜け落ちていた。

玄関の呼び鈴が鳴った。ドアフォンで出てみると、彼女であった。動植物園がダメになってしまったので、私が葬式のために旅立つ前に、会いたいので来たという。出ることはできないが、言い訳が何も思い浮かばない。私は居ません、と言った。声色を変えて、家族を装った。私は外出しているので、居ません。しかし、彼女は笑いながら、ドアを開けるよう迫った。私は泣きながら、居ません、居ません、と繰り返した。

目が覚めてから、これが夢であると理解するまでに何分かかかったと思う。

夢でよかった、と心から思った。そして、現実にそのような体験をした人がいるかもしれないと思った。中学生の時、同級生が、教壇に立つ先生のカツラを奪って窓から投げ捨てた事件を思い出した。その時私はみんなと一緒になって笑った。今の私なら、その同級生を命に代えて殴り倒すだろうと思った。先生の悔しさ、やるせなさを思うと涙が出そうだった。

しかし、夢から覚めて3時間が経った今、私は、すごく面白い夢をみたなあ、この日記も面白いなあ、と思っている。

Akiary v.0.42